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幸福であることと不誠実

投稿者:kada
2015年12月03日

患者の最善の利益 best interestsを考えるとき、これは幸福と考えてよいと思います。
この幸福ですが、中島義道は『不幸論』で、「幸福とは、盲目であること、怠惰であること、狭量であること、傲慢であることによって成立している」と言っています。

つまり、ある程度不誠実な生き方でないと幸福にはなれないということですね。
この場合、多くは公正原則との対立になろうかと思います。ポール・ファーマーが『権力の病理』で指摘する点ですし、ピーター・シンガーも公正原則は重視しているように思います。

ここまで考えた場合、best interestsとは何なのかよく分からなくなってきます。
他者が、患者の「最善の利益」を考える時、「患者が不誠実に生きたい」と仮定して結論を出すのが善いことなのか???う~ん、よくわかりません。

それとも現実的に、生命倫理は最善の利益を検討する際の考慮する範囲を限定している(善くないことだと思っているが、現実的に限定せざるを得ない)のでしょうか。

幸福が自己の主観である限り、結論の出ない(出にくい)話なのかも知れませんが、生命倫理では、幸福という概念をどのように捉えているのかご教授いただければ幸いです。

  1. 2015年12月03日  回答者:児玉聡

    ご質問ありがとうございます。最善の利益については代表的には三つの考え方があり、快苦を考えるもの(治療によって苦痛を減らすのが最善の利益にかなう)、患者の欲求を考えるもの(治療によって欲求を満たすものが最善の利益にかなう)、人間のもつ客観的な利益を考えるもの(たとえば治療による健康の回復は、それが患者が望んでいないとしても、最善の利益にかなう)、に分かれるかと思います。これら三つが一致しない場合に、何が最善の利益か悩むことになるかと思います。しかし、そういう場合は、患者や家族との対話、あるいは医療チーム内での対話を通じて、最善の利益について考えるのがよいのだろうと考えます。

    「ある程度不誠実な生き方でないと幸福にはなれない」という考え方は興味深いですが、医療現場にそうした考えを持ち込む必要は、私にはないように思われます。上記の線で個々の事例について検討するのがよいのではないでしょうか。

  2. 2015年12月14日  回答者:Kada

    ご回答、ありがとうございます。
    最善の利益の考え方については、よくわかりました。実際の臨床では、先生のご回答のように考えていると思われますし、質問内容のような考えを持ち込んではいないと思います。

    ここで一般論になるとは思いますが、公正原則と自律原則の対立を考えてみたいと思います。
    例えばフランスは、自己決定よりも社会秩序の維持を優先して判断することがありうるというスタンスです。つまり、生命倫理に関して米国式の個人主義・自由主義を採らないと宣言しているらしいです。社会の、あるいは種としての人の最善の利益を優先することで、いわゆる患者の最善の利益が損なわれることもあるわけです(橳島次郎『生命科学の欲望と倫理』)。
    そこに中島義道の誠実に生きることこそが大事なのだという考えを取り入れれば、「社会の、あるいは種としての“人の最善の利益”に貢献すること」=「本人の利益」となり整合性が保たれるという見方もできそうです。まるで宗教とか、あるいは全体主義的な雰囲気が出るのが問題ではありますが。

    患者や家族との対話の中で、医療者が公正原則に対する配慮をどのように示していくのがよいのでしょうか。それとも、最善の利益を考える際、他者が公正原則を考慮する必要は無いのでしょうか。

    それともこれは純粋な医学的判断を超えたところにあるので、なんらかの法的規制ができなければ難しい領域だと考えるべきなのでしょうか。

    ややこしい質問で恐縮なのですが、よろしくお願いします。

    • 2016年03月03日  回答者:児玉聡

      ご質問ありがとうございます。全体のために行動することが、自分のためになるというのは、なかなか医療の文脈では
      現実的ではないのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

      公正原則に配慮するというのは、とくに医療では資源配分や守秘義務などの文脈で問題になるかと思います。
      資源配分においては、医療者が現場で治療の制限をすべきかどうかは問題になるところでありますが、
      いずれにせよマクロ、ミクロなどどこかのレベルで資源配分をする必要があります。

      また、守秘義務に関しては、HIVのパートナー告知の問題や感染症の報告義務などは、患者当人の最善の利益だけでなく、
      他の人や社会全体の利益も考慮すべきであることを示しているように思います。

      これらの配慮はご指摘の通り純粋な医学的判断を超えておりますが、必ずしも法的規制がなされいなくても、
      倫理的判断を行わなければならない領域ではないかと存じます。

  3. 2016年02月09日  回答者:J Prime D

    興味深い質疑ですので横から失礼します。

    質問者様は、「『患者が不誠実に生きたい』と仮定して結論を出すのが善いことなのか」という疑問に対して、回答者様は、3タイプの検討を行い調整していくことが回答されています。

    私としまして、もう少し伺いたいのは、3つ目の「人間の持つ客観的な利益」については、生命倫理のお立場では、より具体的に、どのような枠組みで考えているのか、ということをご回答頂きたいです。

    (1)「客観的」の客観度合い
     ①個々の医師の主観的であるのか。
     ②生命倫理学界としての価値基準を持って照合しているのか。
     ですね。

    (2)上記②の場合の基準の考え方
     ①ケース別で個別に定められた価値基準なのか。
     ②生命倫理学界として人間の摂理に基づく仮説的な価値体系を検討しており、それに照合しているのか。
     ですね。
     ①である場合には、個別最適視点では患者にとって利益があっても、より上位概念での1患者における全体最適視点での利益に実は反している、ということがあるような気がするわけです。

    質問者様の文中にも、「『患者が不誠実に生きたい』と仮定して結論を出すのが善いことなのか」という文面を拝見しまして、上記(1)の②があるならそれと比較したいと思いました。
    私の学ぶ限りでは生命倫理ではQOLなのかなと思いますが、何の為にQOLを高めるのかというさらに上の階層も必要な気もしております。私なりの仮説もございますが、字数制限がございますのでこれぐらいにて失礼いたします。

    • 2016年03月11日  回答者:児玉聡

      ご質問ありがとうございます。倫理学におけるいわゆる「利益の客観リスト説」は、論者によってそのリストはまちまちで、リストに健康や友情などのオーバーラップがあるとしても、必ずしも完全な合意はないと思います。ただ、医療の文脈に限定すれば、ご指摘のように(健康関連)QOLが一つの健康に関する客観的指標としてあるかと存じます。

      医療において何のためにQOLを高めるのか、というのは重要な問いで、健康関連QOLというのはあくまで健康に関するものに限られるため、健康関連QOLだけを高めても、QOLあるいは福利(well-being)のその他の側面、たとえばスピリチュアルな側面、美的な側面、社交的な側面などが低いままであれば全体としてのQOLは低いままに留まるかもしれません。ただ、こうした健康関連以外のQOLに医療者がどこまで関与すべきかは、議論のあるところかと存じます。

      上記の点、例えば赤林朗編『入門・医療倫理I』第3章、ヴィーチ『生命倫理学の基礎』第4章などをご覧ください。十分なお答えではないかもしれませんが、ひとまずこのぐらいにしたいと思います。

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児玉 聡 ( 京都大学・文学研究科、倫理一般)
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