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ゲノム編集技術による子どもの誕生について

投稿者:mm
2018年12月03日

ゲノム編集技術を用いて操作した受精卵から赤ちゃんが誕生したとのニュースがありました。2点、先生方のご意見をお聞かせいただけませんでようか。

1.生まれた赤ちゃんは、この後、通常の権利を持って生活することはできるのでしょうか。例えば、子孫を残すことはできるのでしょうか?

2.今回のニュース報道から、遺伝性の疾患を遺伝させずに子を授かる技術が実用化されている国がある、としてメッセージを受け取る人がいるように思いますが、その観点から、どのような議論がなされているのでしょうか。

一般的なところのみならず、先生方の個人的な見解もお聞かせいただけましたら幸いです。

  1. 2018年12月03日  回答者:佐藤恵子

    中国で受精卵にゲノム編集を施し、双子の赤ちゃんが生まれた件について、リスクがわかっておらず、人間に応用してよいかどうかを評価できる段階にもない状態の技術を、実際に人間に適用することは、人間や社会、環境を危険にさらす行為であり、許されるものではありません。しかし、生まれてきた子どもについては、なんであれ、普通に生活ができるように、福利が保護されなくてはいけないと思います。

    1.生まれた赤ちゃんの権利
    生まれた赤ちゃんは、他の人とまったく同一の権利を持ち、普通の生活を営むことを保障される必要があると考えます。
    今回は、HIVの感染に関連する遺伝子を改変したとのことですが、それが成功したのか、他の遺伝子への影響はあるかないのか、などについては未知であり、今後検証されると思われますが、仮に当該遺伝子、もしくは他の遺伝子も含めた遺伝子が複数改変されたとしても、それが人間の形質から大きく逸脱したものでなく、現在生きている人間一人ひとりがもつさまざまな遺伝子変異の範囲と見なされる限りは、とくに問題視するものではないと思います。ただし、何をもって「人間の形質から大きく逸脱したものか」を判断するのは難しいですが、たとえば、他の動物の遺伝子を導入したというような場合でなく、突然変異で起こるかもしれないという蓋然性があれば、問題にはならないように思います。
    しかし、今回のゲノム編集が、子どもの遺伝子全体にどのような事象をもたらしているのか、それらによって子どもの健康にどのようなリスクや利益がもたらされるのかは定かではありませんので、科学のコミュニティの責任として、長期間、おそらく亡くなるまで観察する必要があります。そして、彼らが子どもを持ったら、その子どもも含めて観察の対象にせざるをえません。その意味では、プライバシーが制限されることになりますが、その範囲は最低限になるようにすべきと思います。

    2.遺伝性の疾患を遺伝させずに子を授かる技術が実用化されている国がある、と受け取られることについて
    今回は、感染症の罹患性にかかわる遺伝子の改変を目的としたもので、遺伝性疾患の原因遺伝子を取り除くようなものではありませんが、「ゲノム編集で遺伝子を改変させられるなら、遺伝性疾患の遺伝子を除去したり、正常なものと入れ替えることができるのでは」と解釈する人は多いと思います。現在の生殖補助技術では疾患を避けることができない遺伝性疾患をもつ人にとっては、自分の遺伝子を受け継いだ子どもを持つ機会であり、期待されると思いますが、現在は実用できる段階ではないことをご理解いただく必要があります。
    ある新しい技術を人に適応してよいかどうかは、リスクと利益を比較考量してみて、利益がある蓋然性が示されている場合に限られます。ゲノム編集自体はシンプルな技術であっても、それを人の受精卵に適応して遺伝子を改変するということ自体がもたらす影響については、効果も不確かであり、リスクはその全貌を明らかにすること自体が難しいため、利益を評価することができない状態です。医療としてはもちろんのこと、研究としても人に適応できる段階ではありませんので、たとえ、親が希望して「何が起きても文句を言わない」と言っていたとしても、実施は正当化されません。このような背景があり、多くの国や機関では、遺伝子改変を施した受精卵を子宮に着床させて子どもを誕生させることを禁じています。
    しかし問題の一つは、ゲノム編集は大がかりな装置や高度な技術も必要とせず、簡便にできるため、ルールや厳しい罰則を設けたり、監視体制を強化したところで、闇で実施することが可能であるというところです。今回、ゲノム編集を実施した研究者は、ルールは承知していたと思われますが、あえてそれに従わなかった可能性もあり、もしルールに反して実施するのであれば、どのような基準で実施したのかを明確にする必要があるのですが、「困った人を助けてあげたい」「技術があるのでやってみたかった」といった陳腐な感情的動機以外に、合理的な根拠が示されることはないと想像します。私は、基準を持たない研究者がリスクの高い技術を扱うということ、つまり、運転免許を持たず、アクセルを踏めば車が走ることだけを知っている人が、車に乗って暴走している状態であること、それが可能である状況自体が大きな問題であると思っています。ゲノム編集は簡単な技術であるがゆえに、「それを扱う人はどうでなくてはいけないか」の問題が先鋭化して現れており、私たちが検討したい課題でもあります。

  2. 2018年12月03日  回答者:鈴木美香

    お問合せありがとうございます。ご質問いただいた点について、報道されている件が事実であるという前提で、以下、私なりのお返事を試みたいと思います。

    1.生まれた赤ちゃんは、この後、通常の権利を持って生活することはできるのでしょうか。例えば、子孫を残すことはできるのでしょうか?

    生まれてきた子どもに非はありませんので、その子の権利が保証されるような対応を取ることが必要だと考えます。
    この時難しいと考えられるのは、ご両親へのインフォームド・コンセントの中で、守秘を約束していることが考えられますので、匿名性を担保しながら、子の権利を保障するところで、困難を伴うかもしれません。いずれにしても、できる限り匿名性を担保しながら保障する努力が必要だと考えます。

    また、ご質問にある「子孫を残す」という点については、ゲノム編集を施した遺伝子変異型に依存するのではないかと思います。例えば、遺伝子の変異型が以下のいずれかである場合、子孫を残すことが許容されるのではないかと思います。
    ①既に人類が有している変異型である
    ②将来的に生じる可能性のある変異型である(点突然変異など)
     ただし、①、②の理由をもって、そのような変異型をもつ子を誕生させることを許容するという主張ではありません。あくまでも、今回誕生した子の権利を保障する意味で、①、②の場合であれば、子孫を残すことを認めてよいのではないかという主旨です。(仮に、人類が持ちえないような遺伝子型や遺伝子を導入したというような場合には、子孫を残す際に、その遺伝子を受け継がないようにするなどの検討も必要になるかもしれません。)

    2.今回のニュース報道から、遺伝性の疾患を遺伝させずに子を授かる技術が実用化されている国がある、としてメッセージを受け取る人がいるように思いますが、その観点から、どのような議論がなされているのでしょうか。

    11月29日まで香港で開催されていた国際サミットが、11月29日付で声明を出しています。この中で、「臨床実践に必要とされる科学的理解や技術的要件があまりに不確かであり、またリスクがあまりに大きいため、生殖系列の編集の臨床試験は現時点では許されないと結論する。」とし、「そのような臨床試験への厳格で責任のあるトランスレーショナルパスウェイ(基礎研究から臨床研究への道程)を定義するときに来ている」としています。
    この声明の内容も報道されていましたので、「現時点では許されることではない」というメッセージもある程度は伝わるのではないかと思います。
    <児玉先生による声明の仮訳が公開されていますのでご参照ください>

    一方、私がこの声明を読んだときに受けた懸念は、将来的には生殖系列の編集を行う臨床研究を実施することを前提としているようなメッセージを与える可能性があることです。「パスウェイ」について検討する時期に来ていることに違いはないと思いますが、パスウェイさえ整えば実施できる、というニュアンスを受けなくもありません。
    ゲノム編集技術を用いて子どもを誕生させる「臨床研究」を実施し、この方法が子をもうける手段として安全で有効であることを検証するためには、生まれた子自身の健康影響について長期に渡る追跡調査に加え、その子から生まれる次の世代の子の健康状態をも追跡調査することが求められると考えられます。このような臨床研究下での実施において、何をどこまで調査し評価すれば「安全」で「有効」だと言えるのかという方法論や指標もまだ確立していない状況にあると認識しています。だからこそ、その方法論を確立しようという試みが期待されているのでしょう。しかしそもそも、このような数世代に渡る臨床研究を行うことは、何を以て正当化できるのだろうかと考えます。
     また日本では、「ヒト受精胚へのゲノム編集技術等を用いる研究に関する倫理指針」の策定に向けた議論が行われてきました。この指針は「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」に基づき検討が進められてきましたが、「ヒト胚の遺伝子を改変するということ」については、十分に議論されているとは言い難いように思います。この点について議論することは、私たちの課題の一つだと考えています。
    個人的には、遺伝性の疾患を含む、あらゆる疾患に対するケアのあり方として、科学的・医学的な観点からの解決のみならず、社会福祉的な観点からの解決方法をより充実させるための議論も重視されてよいのではないかと思っています。病気のない社会が実現することは人類の夢かもしれませんが、私は、どのような疾患をもって産まれようとも、その人の存在自体に価値を認めるような環境が実現するように、知恵を出しあうような議論を展開できないかと考えています。この点も今後取組んでいきたい課題です。

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児玉 聡 ( 京都大学・文学研究科、倫理一般)
佐藤 恵子 ( 京都大学・医学部附属病院、生命倫理)
鈴木 美香 ( 京都大学・iPS 細胞研究所、研究倫理)
長尾 式子 ( 神戸大学・保健学研究科、看護倫理)

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