哲学の仕事の一つは、〈自由〉な行為とは何か、〈正義〉の条件とは何かといった、抽象的な問いに取り組むことです。しかし、抽象的に考えているだけでは、議論ははっきりしません。そこで、様々な仮想的なケースを設定して、「思考実験」を行います。「すべてが因果的に決定された世界でも自由は成立するのか」、「罪のない1人を殺すことで他の5人の命を救うことは正しいのか」――こういったケースについて熟慮し、そこで直観的に自明と思われる判断に基づいて、様々な理論を組み立てていきます。
しかし、そういった仮想的なケースについての判断は、誰にとっても直観的に自明なものなのでしょうか。また、直観的な判断は些末な要因によって影響されないくらいに安定したものなのでしょうか。そして、そういった判断は、どのような思考のメカニズムから生じるのでしょうか。
「実験哲学(experimental philosophy)」という最近生まれた学問は、哲学者に限らず人々がどのような判断を思考実験に対して下すのか、そしてそれがどのような変化のパターンを示すのかを、心理学的な実験手法によって体系的に明らかにしようとしています。すでに世界中の実験哲学者たちが、心の哲学、言語哲学、認識論、倫理学など、様々な哲学分野の思考実験を用いて、人々の判断を調べてきました。そして、こうして明らかにされる事実が、既存の哲学理論や哲学方法論一般に対して、どれくらい挑戦的な意味合いを持つのかについて、いま大きな関心が寄せられています。CAPEでは、社会心理学者や海外の研究者らとも協働しながら、実験哲学の研究を進めていく予定です。