「京都大学を拠点とする領域横断型の生命倫理の研究・教育体制の構築」プロジェクトでは、京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)ならびに京都大学附属病院臨床研究総合センターの協力のもと、臨床倫理学に関する教育プログラム(臨床倫理学入門コース)の2回目を2016年8月5・6日に実施しました。京都大学大学院法学研究科の会議室にて開催しました。
本コースの目的は、臨床上で遭遇する難しい問題について、「気づき、考え、対話して戦略を考え、戦略を実現する戦術を立て、戦術を実践する算段をして行動する」ための知識やスキルを身につけることです。日本には、臨床倫理の問題解決を支援する部署や専門家を擁している病院は限られていますが、近年、そのような支援部門を立ち上げようという病院が増えてきていることもあり、院内に臨床の問題をマネジメントする技能を身につけた人がいて活動することができれば、建設的な取り組みになる可能性があると考えています。
教育プログラムは、事例の理解や検討に必要な倫理学や法学の基礎知識ならびに臨床倫理委員会の仕組みや実例について講義を通じて学んだ上で、事例をもとに患者の利益を理論的に考え、問題の全体像を俯瞰した上で戦略やそれを実践する戦術・技術を立てることをグループディスカッションを通じて経験できるように組み立てました。
1日目はがん患者への病名告知の事例を医療チームの立場で、2日目は終末期の患者の延命治療中止を考える事例を臨床倫理サポートチームの立場で検討してもらいました。
受講者は関西圏に限らず、日本各地から40名(医療者・社会人が30人と哲学・倫理学・法学等の学生が10人)が集まりました。グループは医療者、倫理学、法学など複数の立場の受講者で構成し、8班に分かれて熱く語り合っていただきました。講師も、児玉聡(文学研究科)、服部高宏(京都大学国際高等教育院)、竹之内沙弥香(医学研究科)、長尾式子(神戸大学保健学研究科)、松村由美・佐藤恵子(医学部附属病院)、ファシリテーターには宮地尚子(医学教育推進センター)、鈴木美香(iPS細胞研究所)、田中創一朗(文学研究科)と複数領域から参集いただき、文理融合の学際的な講義を提供することができました。
配布資料がバインダーのどこにあるのか探しにくいなどの課題はありましたが、受講者からは総じてよい評価をいただくことができ、また、グループディスカッションや全体の討議も大変活発に行われ、現場におけるニーズを再確認させられる、充実したセミナーになりました。受講者がもともと興味や問題意識を持って参加しているということもありますが、専門分野や背景が違う人がグループの中で垣根なく話ができたことや、素朴な疑問も言える雰囲気があったことがよかったように思います。受講者のみなさんも、お手上げ状態に見える臨床上の問題も、まずは議論の俎上に上げて他者との対話を通じて新たな道を探ったり、事前に回避を試みたりすることの大事さを実感したのではないかと思います。医療機関で働く方々も、人文社会科学系の研究者を目指している学生さんも、さまざまな問題を解決すべく現場で活動していただいて、講師や他の受講者にフィードバックをしていただけたら幸いです。
オーガナイザーとして、新たな気づきも多々ありました。たとえば患者と医師の間で価値が衝突している場合は、理屈を振りかざしたり、ただ人を集めて形だけの議論をしたり意見を並べるだけでは意味がなく、支援する人が自らの能力をかけて関係者に対してさまざまな働きかけをしない限り解決しませんが、このあたりは講じることも難しいため今後の課題にしたいと思います。また、私たちは、臨床倫理の問題の研究や教育を継続的に行うことが何よりも必要で重要であると考えていますが、そのために講師や受講者が気軽に交流できるプラットフォームを構築しようと画策しております。受講者からの声や運営上の反省点を活かし、第3回の開催に向けさらに深化させたいと思います。
なにはともあれ、いい汗をかきました。暑い中、遠路から京都にお越しくださった受講者のみなさま、事前の準備や、当日も自主的に臨機応変なサポートをしてくださったみなさまに心より感謝いたします。
佐藤恵子