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終末期医療と臨床倫理支援の国際ワークショップ 実施報告(佐藤恵子)

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「京都大学を拠点とする領域横断型の生命倫理の研究・教育体制の構築プロジェクト」では、日本、イギリス、台湾、韓国から研究者をお招きし、2016年4月22・23日に、国際高等研究所(木津川市)にてワークショップを開催しました。開催にあたり、京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)ならびに京都大学附属病院臨床研究総合センターの協力のもと、国際高等研究所及び、文部科学省科学研究費補助金基盤研究B「「組織の社会的責任」に関する哲学・倫理学的研究」のご支援をいただきました。
本ワークショップの目的は、私たちが検討している生命倫理に関する課題について、日本と諸外国における現状や問題点、対応策などを紹介し合い、対話を通じて今後の取り組みを考えることであり、一日目は終末期医療をテーマに、二日目は臨床倫理支援をテーマに選びました。

1)終末期医療について
今日、日本の大病院などでは、救命救急室に搬送された高齢者が心肺蘇生を受け生命維持装置をつけられ、その後、治療が患者の利益にはなっていないと誰もが感じていても、治療中止は患者を殺すことになるため中止できないという状態が起きています。イギリスや台湾などではこうした治療中止が一定の条件のもとに認められており、韓国も法律を整備するなどの動きがあるため、これらの法整備の背景やそれを支える文化、具体的な方法を学ぶことで、日本の現状を変えるための方策を考えることができると思い、このテーマを選びました。
まず、洪賢秀氏(東京大学医科学研究所)とIlhak Lee氏(延世大学医学部)より、韓国では終末期の患者が緩和ケア・ホスピスケアを含めた十分な医療を受け、平穏な臨終期を迎えることができることを目的とした法律が2016年に制定されたこと、またその内容や背景を紹介していただきました。

鐘宜錚氏(立命館大学)からは、台湾での安寧緩和医療法(2000年成立)と2016年に成立した患者の自己決定法の紹介がありました。台湾は伝統的に、自宅で死を迎えることが「よい死」であり、臨終期での退院が必要なため、これが法律の制定の追い風になったとのことでした。
イギリスでは、患者の事前の意思に基づく治療中止を可能にする法(2005年意思能力法)はすでに存在していますが、Richard Huxtable氏とGiles Birchley氏(ブリストル大学)によれば、最小意識状態(Minimum Conscious State)の人など終末期ではない人の最善の利益をどう判断するか、判断基準や方法があるとしたらどのようなものか、といったところが問題であり、今後の研究の対象とのことでした。
日本では、田中美穂氏(日本医師会総合政策研究機構)と児玉聡(京都大学)が超党派の議員により提案された尊厳死法案の問題点と、それに代わる法案を提案したことが述べられました。有馬斉氏(横浜市立大学)は、尊厳死や法律の議論をする際は、神経難病などの患者さんに対して有形無形の圧力がかかるという主張を吟味する必要があること、門岡康弘氏(熊本大学)は、「医療の無益性」という概念は、人によって定義の違いもあるため、何をもって「無駄な」治療とみなすかは難しいが、何らかのコンセンサスが必要であることが述べられました。大関令奈氏(東京大学)は、進行期のがん患者の実例をもとに、積極的な治療から緩和ケアに移行して平穏な死を迎えるのは、アクセスしている医療者・医療環境で大きな違いがあり問題があること、森朋有氏(東京大学)は、救急医療の臨床現場でのDNR指示の実践状況を調査したところ、DNR指示のある人のうち、患者自身が参加しているのは2%であること、DNR指示の45%は生存退院する患者であったこと、がん患者においては医師の主導で決定されることが多く、高齢の非がん患者は家族が判断することが多いという状況であったとの報告をいただきました。

終末期の人が生命維持装置をつけられ、中止するにもできない状態となり、周囲の人が苦慮しているというのはどの国も同じで、本人の意思を尊重するのがよいというのも共通の理解です。しかし、本人が予め意思を表明していないことや、病状が進行し意思表示ができかねる状態である場合が多く、その場合には家族の意見などを通じて本人の最善の利益を探ろうとするイギリス型、家族の代理決定を重視しようとする韓国型、病院の倫理委員会などの組織の判断も仰ぐ台湾型など、その対応は多様で、各国ともに、自国の事情にあった方法を模索していることが伺えました。他国の状況を聞きながら、日本では、独居で身寄りのない高齢者も多いことから、まずは本人の意思を前もって表明しておくための方策が必要であること、そして、本人の意思がわからない場合は、現場の医療者や第三者が共同体をつくり、患者の考えを忖度しつつ判断するのがよいのではないかと考えました。そうなると、尊厳死法や院内ガイドラインなどの規制上の枠組みがもちろん必要になりますが、それ以上に、それぞれの医療現場において、患者さんのまわりに居合わせた人たちが「患者さんの終末期をどうすることが最善か」について、「延命」という視点のみならず、「人生の最期をどう納め、どう看取るのか」という視点からも一生懸命考えたり対話をしたりすることができる仕組みや文化を醸成することが大事であり、こういったことを実現するための具体的な方策を考えたいと思うに至りました。

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2) 臨床倫理支援について
臨床倫理支援は、臨床上で生じる倫理的な問題、たとえば終末期の患者さんの生命維持治療を中止するか否かとか、重症の障害を持って生まれた新生児の医療方針について医療者と家族の間で合意が得られない、といった問題を検討し、現場での意思決定ができるように助言を与えることと定義されています。日本では、臨床倫理委員会や臨床倫理コンサルテーションの制度を有している医療機関の数が限られており、また、とくに終末期の治療中止に関しては臨床倫理委員会が下した判断を病院長などが受け入れないといった事例も起きていることから、倫理的な問題を解決するための支援のありようについて根本的な部分から理解し、臨床倫理支援は「誰の何のために、どんなことをするのか」を考えてみるために、このテーマを設定しました。

Richard Huxtable氏とGiles Birchley氏(ブリストル大学)より、臨床倫理支援の質を高く保つためには、活動内容や支援する者の技能などを定義して教育をすることが必要であり、実践的な研究も含めて現在計画している研究内容について報告がありました。Jonathan Ives 氏(ブリストル大)は、臨床倫理の問題を解決する際には、ステークホルダーはある程度の妥協が必要であり、心理的なもやもや(moral residue)を抱える要因となるが、「倫理問題には妥協がつきもの」ということを知っておくこと、ならびに、医療系の学生にはそれを教育することが重要であると指摘しました。

続いて、Cheng-Chung Fang氏とIlhak Lee氏からは、それぞれ台湾と韓国における臨床倫理支援の発展の背景と状況についてご報告をいただきました。とりわけ台湾においては、英米のシステムをもとに、ここ10数年の間に発展し、臨床倫理支援ができる人の教育も積極的に実施しているとのことでした。

長尾式子氏(神戸大学)は、北米では生命倫理の専門家養成を体系的に実施しており、中規模以上の病院は生命倫理の専門家(臨床倫理相談員)を擁して問題に対応している現状を紹介した上で、日本の臨床倫理支援の成り立ちや実施状況は様々であり、専門家の養成や医療者への教育が必要であることが提案されました。続いて松村由美氏(京都大学)は、京都大学では医療安全管理室と連携した臨床倫理支援チームを立ち上げて活動しているが、臨床医の認識など課題が山積していることが述べられ、高度な医療や研究を実施している施設では、臨床現場における個別の事例も検討できる専門部署の設置が必要であることが指摘されました。金城隆展氏(琉球大学)も、琉球大学にて立ち上げたばかりの臨床倫理委員会の活動を紹介し、支援方法の改善や支援をする人への教育などが必要であること、山本由加里氏(東京大学)は、東京大学における取組みとして、臨床倫理支援部門が患者相談の部門と協働して活動するという特徴を持った取り組みの様子を紹介いただきました。

日本では、臨床倫理問題の解決を支援する部署を有している病院の割合は多くないのですが、臨床倫理の問題は日常的に起きていて支援のニーズは欧米と変わらないと予測されますので、支援部門の設置が必要であり、対応できる生命倫理の専門家の育成が急務と思われました。また、臨床倫理支援は、「現場の関係者の間で意思決定ができるように支援するもの」であって、「現場の関係者に代わって患者の治療方針などを決めることではない」ということが確認でき、そのためには、医療者にも倫理問題の対応方法を教育する必要があることを改めて認識することができました。今後日本でも、臨床倫理支援の体制整備が進むと予想されますが、形骸化したものは実効性がないばかりか患者や医療者にとって害になることすらあります。したがって、目的と責務を明確にした上で、支援の質を担保するために技能をもった専門家を配置し、支援方針の策定、方針に基づく支援の実施、医療者に対する教育などの活動を展開することが肝要と思いました。

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2日間のみなさんのご報告や話合いを通じて感じたことが三つあります。一つは、新しい医療技術が悩ましい状態を生じさせ、医療者が困惑していることは東西共通であること。二つめは、人の生き死にのありようについては、文化や伝統による違いがあるところもあれど、苦痛がなく、本人が望まない治療は遠慮できて、穏やかに旅立ちたいという希望は共通していること。三つめは、臨終期の過ごし方について本人の意思が確認できるのが望ましくはあるのですが、そのやり方として、「あなたはどう死にたいですか」と直截的にたずねる方法が現実的なものか、とくに自己決定尊重の考え方が比較的希薄なアジアの国でどう受け止められていくのだろうか、ということでした。同様に、臨床現場で倫理的問題が日々起きているのはいずこも同じですが、日本における解決方法としては、臨床倫理委員会という臨床現場から離れた組織が倫理規範に基づく理想的な解決策を考えて提案するというやり方よりも、臨床現場に直接介入するような調停型のやり方の方が合うのではないか…などと考えておりました。

いずれにせよ、背景や考え方、解決策について、他の国と比較することで、さまざまな論点やヒントも得ることができましたので、これらを生かしつつ、具体的なビジョンと戦略を考え、試行錯誤してみたいと思います。ディスカッションの時間が足りなかったという反省はありますが、韓国、台湾、イギリス、日本の多彩な顔ぶれによる2日間の活発な討議を通じて、多くのインプットや宿題をいただきました。これも、参加くださったみなさま、司会進行や通訳、解説などをしてくださった方々のおかげです。心より御礼申し上げます。

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回答者一覧

児玉 聡 ( 京都大学・文学研究科、倫理一般)
佐藤 恵子 ( 京都大学・医学部附属病院、生命倫理)
鈴木 美香 ( 京都大学・iPS 細胞研究所、研究倫理)
長尾 式子 ( 神戸大学・保健学研究科、看護倫理)

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