「京都大学を拠点とする領域横断型の生命倫理の研究・教育体制の構築」プロジェクトでは、京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)ならびに京都大学附属病院臨床研究総合センターの協力のもと、臨床倫理学に関する教育プログラム(臨床倫理学入門コース)を開発し、パイロット的な試みを実施しました。コースは春まだ浅き2015年3月5・6日に、京都大学大学院文学研究科の講義室にて開催しました。
本コースの目的は、臨床上で遭遇する難しい問題について、「気づき、考え、対話して戦略を考え、戦略を実現する戦術を立て、戦術を実践する算段をして行動する」ための技能を身につけることです。目的をこのように設定したのは、私たちは、臨床上で起きている問題の解決に困難が伴う背景には、医療者がこの「臨床問題マネジメント力」とでもいうべきものを十分に持っていないがために起きていると実感しているからです。
したがって、教育プログラムは、基礎的な倫理学、法学、医療現場の知識を学び、グループでの対話に基づく事例検討などを通じて、問題を全方向から眺めつつ患者の最善の利益を理論的に考えることや、ステークホルダー全員の心情や利益を踏まえて、時間と空間を俯瞰して戦略を立てることを経験してもらえるように組み立てました。事例を縦軸に、基礎知識の講義を横軸にして、1日目はがん患者に病名を告知するかどうかの事例を医療チームの立場で、2日目は遷延的意識障害の人の治療を停止するかの事例を臨床倫理委員会の立場で、朝から夕方まで、昼食時間も議論してもらうというスパルタ式で検討しました。
対象は、学生(大学院生)を想定してプログラムを構築しましたが、パイロット的試みということもあり、今回は特に限定せず、受講希望者は講師を通じて学内で募ることとし、20名(4~5人の小グループを5つ)を上限としました。実際には、現役の医療者・社会人が約半数、哲学・倫理学の学生が約半数となり、熱き議論が展開されました。また、講師も、児玉聡(文学研究科)、服部高宏(京都大学国際高等教育院)、竹之内沙弥香(医学研究科)、長尾式子(神戸大学保健学研究科)、松村由美・佐藤恵子(医学部附属病院)、ファシリテーターには鈴木美香(iPS細胞研究所)と複数領域から参集いただき、他では聴けない文理融合の学際的な講義を提供することができました。
全体的にタイトなスケジュールだったので余裕を持たせることや、考えるツールとして提供した「マンダラチャート」は使い方をより丁寧に解説することなど改善すべき点や、中級・上級コースの必要性など今後の課題も多々あることがわかりましたが、参加者からは総じてよい評価をいただくことができ、主催側としても安堵しております。充実したセミナーになったのは、受講生がもともと興味を持って参加してくださった人たちであったこともありますが、少人数の寺子屋方式であったことや、専門分野や年齢が違う人と対話できたことも影響していると考えられ、特に2日目の議論は、暖房がいらないくらいヒートアップしました。同時に私たちは、臨床上で遭遇する難しい問題の検討には、領域を横断した対話が有益であることを実感し、受講者のみなさんも、自分で考えたり他者との対話を通じて問題を解決・回避しようと試みることの大事さを実感できたのではないかと思います。
臨床上の問題は、いつも簡単に正解が見つかるわけではないですし、膠着していてお手上げ状態に見えることも多いです。しかし、患者を直接診ている人でなければ患者の最善の利益は判断できませんし、自分がうまく動くことで周りが動く可能性もあります。ぜひ知恵と勇気をもって前進してほしいと思います。2日間という短いコースでしたが、受講生のみなさんには、得たことを現場で活用し、講師や他の受講生にフィードバックをしていただけたら幸いです。また、人文系の研究者を目指している学生さんも、これを機に現場の臨床問題にも関心を持って、今後の研究を進めていただけたらと思います。このコースがきっかけとなり、講師や受講生同士のつながりができ、将来にわたって学習し、進歩・向上する関係が築けるとしたら、さらに嬉しく思います。